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レビュー
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ザビエルの見た日本 (講談社学術文庫) のレビュー・感想
【おすすめ度】:
【タイトル】:
観察者たち
【コメント】:
ザビエルの書簡のうち日本と日本人に関するものを抜き出し解説したもの。著者は上智大学の教授にしてイエズス会神父。ザビエルと同じように日本と日本人に対し観察者の立場であり、かつザビエルに対しても観察者になれる立場。 ザビエルは、当時の日本および日本人の知的水準の高さと、善良性を記録として残している。自分の活動を正当化する必要からやや日本を過大にPRして見せる必要があったにしても、当時の日本人のよさが...
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ザビエルの見た日本 (講談社学術文庫) のレビュー・感想
【おすすめ度】:
【タイトル】:
ものが変われば変わるほど、日本人はますますもとのまま
【コメント】:
学生時代は歴史など大嫌いだったのに、中年になった今、昔の日本人ってどうだったのか、それがとても気になるようになった。 それは、今の日本、日本人のありように、少なからず疑問をもっていることの裏返しでもある。 ザビエルのみた日本は、16世紀中頃、ちょうど織田信長が生まれる10年ほど前の日本である。日本に滞在したのはわずか3年、その間、本国へ書き送った書簡の抜粋から本書は構成されている。 書簡の中身は...
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ザビエルの見た日本 (講談社学術文庫) のレビュー・感想
【おすすめ度】:
【タイトル】:
吉利支丹の濫觴
【コメント】:
. ザビエルが鹿児島に上陸したのは43歳の1549年、日本を離れインドのゴアへ戻ったのは45歳、その後広東近くのサンチェンで中国への入国の機会を待つも熱病におかされ亡くなったのは46歳だった。 日本におけるキリスト教信者数を調べてみると、ザビエル存命中には500-700名程度、1579年織田信長が安土に教会建立の頃キリシタン10万人、そして1587年秀吉のキリスト教布教禁止が出た。その後...
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